希ガス*1とは


 希ガスは周期表の右端、18族元素の総称で、ヘリウム(He)、ネオン(Ne)、アルゴン(Ar)、クリプトン(Kr)、キセノン(Xe)、ラドン(Rn)の6元素からなり、23の安定同位体があります*2。希ガスは、

  1. 化学的に不活性であるために他の元素と挙動が異なり(貴ガス:noble gas)、同位体比の変動が化学反応によらない。

  2. もとの存在量が少ない*3(希ガス、稀ガス: rare gas)ために、他の元素の放射壊変(U、Th系列の放射性核種の壊変により生じるα粒子、すなわち4Heや、40Kの壊変により生じる40Arなど)や核反応によって生じた分の寄与を見やすい。

  3. 同位体比の組み合わせが多い。

  4. 専用の質量分析計を使って数千個程度の希ガス原子でも高感度に検出できる。

などの点で他の元素とは大きく異なり、地球宇宙化学において物質移動の敏感なトレーサーとして用いられています。

 これまでの地球内部物質や隕石中の希ガス研究から、その同位体比、元素比は多様であることが明らかになっています。これは、太陽系形成時から存在しているもの、地球や火星などの惑星形成時にその内部に取り込まれたもの、放射性核種の壊変や種々の核反応によって作られたもの、更には太陽系形成以前に起こった超新星爆発で作られ隕石中の特殊な微粒子に保存されているものなど、起源の異なるさまざまなものが存在することを反映しています。

 角野研では3基の希ガス質量分析計を所有しています(詳細は設備のページをご覧ください)。私たちはこれらの装置を駆使して、天然の試料である隕石や地球の岩石、火山ガスなどに含まれる希ガスを測定し、宇宙空間や、地球を含む惑星などの天体内部で起こったイベントを解明しようと試みています。


参考文献:角野浩史 (2015) 希ガス同位体質量分析の温故知新. 質量分析, 63, 1-30.


*1:海外では二十世紀前半から「noble gas」の方が多く使われ、IUPAC(国際純正・応用化学連合)の2005年勧告でも、「noble gas」のみが18族元素の総称として認められています。国内の希ガス研究者のほとんども、邦文では「希ガス」を用いながらも、英文では「noble gas」を用いています。最近(2015年3月)になってようやく日本化学会が、高等学校の化学教育では貴ガスのみを用いるよう提案しています。ただし提案本文に“他の用語を「誤り」と断じたり,使用を制限したりすることを意図するものではない。”とありますし、また私たちの研究では、試料中にごくわずかにしか含まれない希ガス同位体をいかに抽出して定量するかに日々苦心しているので、本研究室では使い慣れた「希ガス」を用いています。海外、日本を問わず地球化学の分野で、比較的最近まで「rare gas」と「希ガス」が優勢だったことは、研究者間に共通の認識があったことの表れかもしれません。

*2:Rnには安定同位体がありません。

*3:例えば表層の大気・海洋まで含めた地球全体にならした重量濃度にすると、他の元素で最も小さいもの(インジウム、タリウム、ビスマスなど)でも数〜十数ppb(ppb = parts per billion、十億分の一)ありますが、希ガスはそれより2〜3桁少ない、1 ppt以下から数十ppt(ppt = parts per trillion、一兆分の一)程度しかありません。


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